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 県教委は、県文化財保護審議会の答申を受け、江戸中期から明治初期まで操業した鯨組主(くじらぐみぬし)の益冨(ますとみ)家居宅跡(平戸市生月(いきつき)町)など4件を新たに県文化財に指定した。県指定文化財は379件となった。
 このほかに指定したのは、松浦市の慈光寺の金銅阿弥陀如来坐像(こんどうあみだにょらいざぞう)▽平戸市田平町の田平熊野神社の懸仏(かけぼとけ)▽平戸市田助町に伝わる民俗芸能「田助ハイヤ節」。



 益冨家は捕鯨業の経営体を意味する「鯨組」の長。19世紀前半の最盛期には生月島、壱岐、五島などで五つの鯨組をたばね、約3000人の従業員を擁した国内最大の鯨組主だった。居宅跡は約1650平方メートルの敷地に大規模な主屋、藩主用の御成門、恵比寿神社などが現存し、県内の捕鯨業の発展の様子を伝えている。
 田助ハイヤ節は、少なくとも江戸時代後期には伝えられたとされ、牛深ハイヤ(熊本県)などとともに国内のハイヤ節発祥の候補に挙げられている。もともとは南風(はえ)を待つ帆船乗りの宴席での唄で、太鼓と三味線、囃子で構成されている。【宮下正己】

2月27日朝刊







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